聖書はクリスチャンの母親について何と言っていますか?




質問: 聖書はクリスチャンの母親について何と言っていますか?

答え:
母親となることは、主がたくさんの女性たちに与えることを選ばれたとても大切な役割です。テトス2:4−5で母親は自分の子どもたちを愛するようにと次のように言われています。「そうすれば、彼女たちは、若い婦人たちに向かって、夫を愛し、子どもを愛し、慎み深く、貞潔で、家事に励み、優しく、自分の夫に従順であるようにと、さとすことができるのです。それは、神のことばがそしられるようなことのないためです。」Iイザヤ49:15は「女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。」と言っています。

子どもたちは主からの贈り物です(詩篇127:3−5)。テトス2:4には、ギリシャ語のフィレオテクノスということばが使われています。このことばは、特別な種類の「母の愛」を表すことばです。このことばから流れ出る思想は、子どもたちを優先し、世話し、育み、愛情をもって抱きしめ、彼らの必要に答え、ひとりひとりを神さまの手によるユニークな存在として優しく助けるということです。

聖書の中に母親にも父親にも命じられていることがいくつかあります。

• いつも近くにいる−朝も、昼も、夜も(申命記6:6−7)

• 深く関わる−両方向の会話、話し合い、人生を一緒に考え一緒に歩むこと(エペソ6:4)

• 教えること−聖書、聖書的世界観を(詩篇78:5−6、申命記4:10、エペソ6:4)

• 訓練すること−子どもの技術の発達を助け、その子の強さを発見する(箴言22:6)

• しつけること−いつも一定して、愛情深く、堅固に一線を引き、主への恐れを教える(エペソ6:4、へブル12:5−11、箴言13:24、19:18、22:15、23:13−14、29:15−17)

• 育むこと−いつでもことばでのサポート、失敗できる自由、受容、好意、無条件の愛のある環境を提供する(テトス2:4、IIテモテ1:7、エペソ4:29−32、5:1−2、ガラテヤ:22、Iペテロ3:8−9)

• 誠実に手本となること−自分の言ったことを実行し、子どもが敬虔な生活のエッセンスを「受け止める」ことで学ぶことができるように手本となる(申命記4:9、15、23、箴言10:9、11:3、詩篇37:18、37)。

聖書は、すべての女性が母親にならなくてはならないとは一度も言っていません。しかしながら、主から母親になる祝福を与えられた女性たちは、その責任を真剣に受け止めなければならないと聖書は言っています。母親は、子どもたちの人生にユニークでとても大切な役割をもっています。母親であることは、面倒な仕事でも、いやな義務でもありません。母親が妊娠中に赤ん坊をお腹に抱えているのと同じように、また、幼児期に母親が子どもに食べさせ、世話するのと同じように、子どもたちがティーンエイジャーになっても、若者になっても、たとえ成人しても、母親は彼らの人生の中にずっと続く役割があるのです。母親としての役割は変わり、進歩していきますが、母親が与える愛と心づかいと励ましはなくなってはならないのです。



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