聖書には使徒たちの死の記録がありますか?ひとりひとりはどのような死に方をしたのですか?




質問: 聖書には使徒たちの死の記録がありますか?ひとりひとりはどのような死に方をしたのですか?

答え:
聖書に記録されている唯一の使徒の死はヤコブです(使徒行伝12:2)。ヘロデ王がヤコブを「剣で殺した」と書かれていますが、おそらく首をはねたのでしょう。他の使徒たちの死の状況は、教会の伝承に基づくものしか知られていませんから、これら他の記録に関してはあまり重きを置くことがないようにしなければなりません。もっとも一般的に使徒たちの死の記録として受け入れられている教会の伝承は、イエスの預言の成就として、使徒ペテロがローマでXの形の十字架に逆さにはり付けられたというものです。次にあげるのは、ほかの使徒たちの死に関してもっとも普及している「伝承」です。

マタイは、エチオピアで刀傷によって殉教の死をとげました。ヨハネは、ローマで迫害の波が起こったとき、煮え立った油の大釜の中で殉教するところでした。しかしながら、奇蹟的に命が助かりました。 その後ヨハネは、監獄の島パトモス島の炭鉱に島流しになりました。彼は、預言的な書、黙示録をパトモスで書きました。使徒ヨハネはのちに釈放され、現代トルコとして知られているところに戻りました。彼は老齢で亡くなりました。使徒の中で唯一、平和に亡くなった人物です。

エルサレム教会のリーダーだった、イエスの兄弟ヤコブ(正式に使徒ではない)は、キリストへの信仰を否定することを拒否したとき、宮の南東の小尖塔から突き落とされました。彼が、その墜落でも死ななかったことを発見した敵たちは、ヤコブを棍棒で撲殺しました。この小尖塔は、サタンがイエスを誘惑したときに見せた同じ小尖塔でした。

ナタナエルとしても知られていたバルトロマイは、アジアへの宣教師でした。 彼は、今日のトルコで証し、アルメニアで説教したことで、むちで打たれ皮膚がはがれて亡くなりました。アンデレはX型の十字架につけられ、ギリシャで亡くなりました。7人の兵士にひどくむち打たれたあと、彼らはアンデレの苦しみを長引かせるためにひもで彼の体を十字架にくくりつけました。彼が十字架に引かれて行ったとき、彼は次のようなことばをもって十字架にあいさつしたと彼の弟子たちは報告しています。「私は、この至福の時を長いこと待ち望んできた。十字架は、キリストのからだがかけられたので、神聖なものとなったのだ。」彼は、彼を苦しめた人々に2日後に死ぬまで説教し続けました。使徒トマスは、そこに教会を建てるために出かけた宣教旅行の間に、インドで槍で刺されました。裏切り者イスカリオテ・ユダの代わりに使徒として選ばれたマッテヤは、石打ちにされ、そのあと首を切られました。使徒パウロは、ローマにおいて紀元後67年に、拷問のあと邪悪な皇帝ネロによって首をはねられました。他の使徒に関しても伝承がありますが、それらには、信頼できる歴史的、また伝承的なサポートがありません。

使徒たちがどのようにして亡くなったかはそんなに重要なことではありません。重要なのは、彼らはみんな信仰のために喜んで死んでいったという事実です。イエスがよみがえらなかったのなら、弟子たちはそのことを知っていたはずです。誰も、うそだと分かっていることのために死ぬ人はいません。すべての使徒たちが、キリストへの信仰を捨てることを拒んで、自ら進んで恐ろしいしかたで死んだという事実は、彼らが本当に復活したイエス・キリストを目撃したということのすばらしい証拠なのです。



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