すべての罪は神さまにとって同じなのですか?




質問: すべての罪は神さまにとって同じなのですか?

答え:
マタイ5:21−28で、心の中に情欲を抱くことと姦淫を犯すこと、心に憎しみを抱くことと殺人を犯すことをイエスは同等視しています。しかしながら、これは罪はみんな同じであるという意味ではありません。イエスがここでパリサイ人に伝えようとされたことは、ただ考えただけやその行動をとりたいと思っただけでも、それでもなお罪は罪であるということなのです。イエスの時代の宗教的指導者たちは、それを行動に移しさえしなければ何でも好きなことを考えて良いと人々に教えていました。イエスは彼らに、神さまは私たちの行動だけでなく思いもさばかれるのだということを分からせようとされたのです。私たちの行動は、何が私たちの心の中にあるかの結果であるとイエスは宣言されました。

ですから、イエスは情欲と姦淫がどちらも罪であると言われましたが、それは、それらが同等であるという意味ではありません。どちらも神さまの目には罪深いものではありますが、実際に人殺しをする方が、単にその人を憎んでいることよりもずっと悪いことです。罪には段階があります。あるものはほかの罪よりも悪いものです。それと同時に、永遠の結末と救いとに関して言えば、すべての罪は同じです。どれひとつを取っても、罪は永遠の有罪判決につながります(ローマ6:23)。どんなに「小さな」罪であっても、すべての罪は、無限で永遠の神さまに対して逆らうものであり、ですから無限で永遠の刑罰に値するのです。それ以上に、神さまが赦すことのできないほどの「大きすぎる」罪というものはありません。イエスは、罪の代価を支払うために死なれました(Iヨハネ2:2)。イエスは私たちのすべての罪のために死なれたのです(IIコリント5:21)。すべての罪は神さまにとって同じでしょうか?答えは、はいでありいいえです。厳格さにおいては?いいえ同じではありません。罰に関しては?はい、同じです。赦していただけるという面では?はい、同じです。



日本語のホームページに戻る



すべての罪は神さまにとって同じなのですか?